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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10399号 判決

原告 亀崎武次 外三三八名

被告 国

訴訟代理人 武藤英一 外三名

主文

被告は原告らそれぞれに対し別紙債権額欄記載の金員を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、原告らはいずれも駐留軍に労務を提供するため被告に雇用され、福岡県小倉市所在の米国陸軍小倉綜合補給廠(以下部隊という)に使用される労務者であつて、全駐留軍労働組合福岡地区本部小倉支部(以下支部組合という)の組合員である。

二、昭和二十八年七月十五日支部組合は臨時大会を開き「モータープールのシエーン軍曹の更迭」、「不当解雇不当職変の即時取消」など十項目の要求及びそのためには実力行使をも辞さないことを決定し、以来、福岡県及び小倉渉外労務管理事務所(以下労管という)と再三交渉を続けてきたが、解決に至らないため、同年八月三日午前零時から四十八時間ストライキを決行することを決定、労働協約第二十七条の二に基き同年七月二十八日その旨を文書で福岡県知事に通告し、通告どおりストライキに突入した。右ストライキは同年八月四日午後十二時を以つて終了の予定でその旨通告してあつたところ、同日午後九時三十分になつて部隊司令官アルフオード大佐は労管所長に対し「問題の十項目に関する完全なる協約ができるまで、現在ストに参加している如何なる従業員も当軍施設への復帰を許可することができない。…貴下が遅滞なくこの主旨を県知事及び組合長に通告することを要求する。」旨を通告し、労管所長は同夜十時頃右軍の要求に従い、右通告を支部組合委員長に通告した。しかし、支部組合は予定どおり同夜午後十二時をもつてストライキを終了し、ピケツトをも撤去し、翌五日午前一時に交替する支部組合員たる労務者(警備員など)が出勤、入門しようとしたところ、警戒の任に当つていたMP、武装将兵らによつて入門を阻止され、更に同日午前七時頃多数組合員が平常どおり出勤、入門しようとしたところ、これも同様阻止され就労することができなかつたがその後支部組合、部隊、労管の三者交渉の結果翌六日午前八時に至り、要求事項十項目について合意に到達し、協定書を作成調印し、以後軍側も組合員を、就労させるに至つた。

三、原告らはいずれも前記ストライキに参加した者で、その終了により翌五日就労すべく出勤したが、右入門拒否により、就労できなかつたものであつて、部隊は正当の理由なく労務の受領を拒否したのである。従つて原告らは債権者の責に帰すべき事由に因つて履行を為すことができなかつたのであるから、反対給付を受ける権利を失わないところ、もし部隊の入門拒否がなくて就労したならば取得すべき賃金債権は別紙債権額欄記載のとおりである。よつて、右金貝の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求める。

二、請求原因に対する答弁及び主張

(一)  請求原因第一、二項は認める。第三項については得べかりし賃金額のみ認め、その余は争う。

(二)  部隊がストライキ参加労務者の就労を拒否したのは左記理由によるのであつて、債権者の責に帰すべからざる事由によるものであるから、原告らは反対給付を受ける権利を取得していない。

元来、米国は行政協定第三条により、その施設及び区域内において、それらの設定、使用、運営、防衛、管理のため必要または適当な権利、権力及び権能(以下行政協定第三条に基く権能という)を有し、軍の各部隊司令官は、それぞれその管轄権の範囲内で、右行政協定第三条に基く権能を適切に行使し、米国の権利、職員及び財産を適当に保護する責任を負つている。ところが、原告らの属する支部組合は原告ら主張のような十項目の要求事項をかかげ、その主張日時四十八時間ストライキを行つたのであるが、右ストライキ期間前及びストライキ期間中組合及び組合員は不当なピケ行為、部隊施設内に入つて就労しようとする労務者に対する暴行、一軍人の家族に対する威嚇、軍人に対する襲撃、軍の車輌に対する損傷など諸種の暴挙に出た。而して、右暴挙は部隊司令官アルフオード大佐をして、この争議にかかる要求事項か解決され、右のような争議行為が繰返されないことの保障が得られない限り司令官として前記責任を適切に果たすことができないおそれがあり、米国の権利、職員及び財産は引続き危険にさらされると判断せしめる程のものであつた。そこで、司令官は米国の権利、職員財産を保護するために必要な措置として、上記の保障が得られるまでかかる争議に参加している組合員が施設内に立入ることを禁止したのである。

(三)  仮に右主張が認められないとしても、部隊のとつた本件措置は使用者の正当な争議行為としてのロツクアウト(作業所閉鎖)に外ならないから、これにより原告らが、就労できなくても被告は本件賃金の支払義務を負わない。

1 本件措置はロツクアウトである。

原告ら駐留軍労務者は行政協定第十二条第四項及び労務基本契約に基き軍の労務に対する需要をみたすため、国が雇入れて軍に提供するものであつて労務者は軍の指揮監督管理のもとに軍の労務に服するものであり、これに支払われる賃金手当などの給与はすべて米国政府より償還されるし、その雇用については軍の承認を要し、解雇についても軍は最終的決定権を有する。即ち、駐留軍労務者に対し、国は形式上雇用主であるが、その実質上の使用主は軍なのである。そして、本件につき部隊が原告らに対してとつた入門拒否の措置は、これを実質的にみれば、原告らの属する支部組合がその主張の如き要求をかかげてストライキに入つたのに対し、部隊が右争議の早期解決を目的として行つた使用者の争議行為としてのロツクアウトに外ならない。即ち、支部組合は原告ら主張の如き四十八時間ストライキを行い、部隊施設の門前に強力な実力的ピケを張つて非組合員の就業までも阻止し、その結果、両日のストライキに参加せずに、就労した労務者の数は総数約四千名のうち僅か二百五十ないし二百八十名程度に過ぎなかつた。そこで、部隊は右ストライキの原因となつている支部組合の要求につき早期解決をはかるため八月四日午後九時三十分頃労管所長を通じて支部組合組合長に対し「ストライキ終了後も未解決の紛争につき協定ができるまでは、ストライキ参加者全員の就業(賃金支払)を拒否する」旨通告してロツクアウト通告をなすとともに、併せて組合の要求項目につき速かに部隊労管組合の三者交渉をするよう要請した。そして翌五日には部隊は右通告通りストライキ参加者全員の入門を拒否したので、この予想外に強硬な部隊の態度に支部組合の斗争態勢は動揺し、同日開かれた三者交渉において組合は軍側の主張に一方的に押し切られここに一挙に紛争の解決をみたのである。部隊のとつた本件措置が実質において支部組合のストライキに対する使用者の争議行為としてのロツクアウトに外ならないことは上記のような経緯に照らして殆んど疑問の余地がない。もつとも軍としてはロツクアウトであることを明言してはいないが、当該措置がロツクアウトであるか否かはその実質につき客観的に判断さるべきであつて、後日になつて関係官のなした言辞によつて左右さるべきではない。敍上の如く、部隊のとつた本件入門拒否の措置が、客観的に部隊の業務の正常な運営を阻害するものであり、そして、それが実質上組合の要求項目に対する部隊の主張を貫徹して紛争の早期解決をはかることを目的としたものである以上、これがロツクアウトであることは明らかである。

2 而して、本件ロツクアウトは正当な争議行為であるから、使用者はその間の賃金支払義務を免れる。使用者が積極的に自己の主張(例えば賃下要求)を貫徹するために行ういわゆる攻撃的ロツクアウトについては暫くおき、本件の如く既に組合側が一定の要求をかかげてストライキを敢行し、現に争議状態の継続している場合、使用者がその要求の撤回ないしは紛争の早期解決を目的として行うロツクアウトの正当であること、そして使用者はその間の賃金支払につき免責を受けることは多数判例の認めるところであり通説である。

(四)  被告(調達庁)の定めた駐留軍労務者給与規程によると「軍の都合により使用人を休業せしめた場合は一日につき平均賃金の六割に相当する休業手当を支給する」旨規定されている(労働基準法第二十六条参照)。従つて、仮に部隊のとつた本件入門拒否措置に関する被告の右主張がいずれも理由がないとすれば、それは軍の都合による休業に該当するから、その場合でも被告は原告らの平均賃金の六割に相当する金員につき支払義務を負うに過ぎない。

第四、被告の主張に対する原告らの反駁

一、就労拒否は支部組合及び支部組合員の暴挙に基くとの主張について

支部組合及び支部組合員が、被告主張の如き諸種の暴挙に出た事実は全くないし、また、部隊が組合員の施設内立入を禁止したのはかかる暴挙があつたことに基くものでもない。その当時の数次に亘る交渉を通じて、立入禁止の理由として右の如き主張が軍側からなされたことは全くなく、右の如き主張は事件発生後半年余も経過した昭和二十九年二月二十三日に至り極東軍司令部参謀次長から調達庁長官宛の文書において始めて主張されたものである。被告主張の根拠のないことは右の如き経過からも推定されるであろう。

仮に百歩譲つて、被告主張の如き事実があつたとしても、現実に諸種の暴挙に出た者の就労を拒否することは格別としてその他の争議参加者全員の就労を拒否するときは債権者はその責任を免れることはできない。原告らが現実に暴挙に出たとの事実は被告も主張しておらぬところであり、勿論その事実は存在しない。

二、本件就労拒否はロツクアウトであるとの主張について

(一)  部隊のとつた措置がロツクアウトであることは否認する。被告主張は事実に反する。軍側はそのとつた措置がロツクアウトでないこと、また、その他の争議の対抗手段でもないことを繰返し主張している。また、ロツクアウトが適法に成立するためにはロツクアウト宣言が必要である。被告主張のように八月四日夜ストライキ参加者の就業を拒絶する旨の通告が支部組合に到達した事実は認めるが右はロツクアウト宣言たりえない。即ち、現実にロツクアウトを実行するのは部隊であつても、労使関係の当事者は国であるから、国がロツクアウトの意思を表示しなければならないにも拘らず、国は右の表示をしていないのであつてロツクアウトは適法に成立していない。

(二)  元来ロツクアウトたる工場閉鎖は企業または事業の存立ないし工場施設などの安全を危殆ならしめ、使用者に著しい損害を及ぼすべき労働者の争議行為が現存し、あるいは右の如き争議行為の危険が明白である場合、その他緊急やむをえない事由の存する場合に始めて許されるものである。ところで、本件争議は組合側から提出された十項目の要求についての主張の不一致に端を発するものであるが、支部組合のストライキは四十八時間と限定されていたに拘らずロツクアウトは右ストライキ終了の数時間前に至つて始められたものであること、また、部隊はストライキに入つた労務者はストライキ終了後も組合の要求について完全に解決するまで無期限に就労を許さないとしていること本件ストライキは典型的なウオークアウトであつてなんら事業場の占拠ないしこれに類する所為にでていないこと及び支部組合指導者に対する誹謗が部隊司令官名義で配布したビラの主な部分を占めていることなどを併せ考えると、本件ロツクアウトは組合側の争議行為に対する対抗手段ではなく、積極的に相手方の要求を解消させるための手段として、組合側に対する積極的攻撃のためになされたものと解され、正当性の限界を遙かに逸脱したものといわざるをえない。

(三)  更に次の諸事実からしても本件ロツクアウトは違法である。

1 部隊はその配布したビラをもつて、支部組合の指導者を非難して些細な事からストライキを指令し、なお、指導者が解決に努力していないと指摘し、かような訳でこれを未解決の斗争と看做しこれが解決まで組合員を就労させない旨を組合員に告げている。この事実からすれば、本件ロツクアウトは単なる争議対抗策ではなく労働組合の運営に介入する行為であつて、このように不当労働行為となるようなロツクアウトは正当なロツクアウトではない。

2 本件ロツクアウトは労働協約に定める争議予告義務に違反する。

全駐留軍労働組合(全駐労)と国との間の労働協約第二十七条の二には「争議行為を行う場合は……地方においては二日以前に他方に文書をもつて通知しなければならない」と定められている。ところが、被告は本件ロツクアウトにつき右協約所定の予告をなしておらず、予告義務に違反するものである。軍から事前の通知がなされない限り被告が予告をなすことは不可能であるとしても被告は予告義務違反の責任を負わねばならぬ。なぜならば駐留軍労務者につき間接雇用制度を採用した趣旨は雇用関係については労務者に対する関係においては国が使用者として義務責任を負うことにあるからである。

而して、予告義務違反はロツクアウト自体を不当違法ならしめるものである。労働者の争議行為については協約の定める予告義務に違反しても労働組合法第八条の正当性を失わないとする説が多くの学説によつて支持されているが、これと使用者の争議行為を同日に論ずることはできない。なぜならば労働者が争議行為によつて損害賠償義務を負わないのは、争議行為が憲法によつて保障された権利行使であつて予告義務はその権利自体を制限するものでないことに由来するのであるが、使用者がロツクアウトによつて賃金支払義務を免れるのはそれが労働者の争議行為に対する対抗手段として止むを得ないものとして受領遅滞義務を免責されるにすぎないものと解されるのであつて、この観点からすれば予告義務があることによつて本来対抗手段をとり得ざるべき時期になしたロツクアウトは受領遅滞の責任を免れないものというべきである。従つて予告義務に違反して開始されたロツクアウトがその全期間を通じて不当だとはいえないとしても、予告期間に該当する期間中の部分は不当たるを免れない。

仮に、予告義務違反がロツクアウトの正当性を失わしめず使用者に予告義務不履行によつて生じた損害賠償義務を負わしめるに過ぎないとしても、その場合賠償すべき損害は組合自体か蒙つた損害ではなく、労働者が蒙つた損害である。即ち、争議行為によつて損害を蒙るのは使用者と労働者であつて労働組合自体が損害を蒙ることはないのであるから、協約上の義務として予告義務を定めるのは、使用者にとつては労働組合の行為によつて損害を受けないためであり、組合側にとつては労働者が使用者の行為によつて損害を受けないようにするためである。従つて使用者が予告義務に違反した場合に賠償すべき損害は組合全体が蒙つた損害でなく、労働者の蒙つた損害であり、それを労働者から請求し得るものでなければ無意味なのであつて、使用者の予告義務違反によつて生ずる損害賠償請求権は、労働組合の組合員に直接効果を生ずると解するか、或は予告義務の協約を第三者のための契約と解すべきである。而して、この場合の損害額は予告があつたならば労働者は労働力を他に自由に売ることができるに拘らず、予告がなかつたためにこれを売ることができず、且つ売ることができなかつた労働力は時の経過とともに滅失してしまうものであるから、予告義務違反による労働者の損害は、その期間中に失つた労働力の通常の対価であり、この通常の対価は通常使用者から受け得べき金額であるところの本件請求金額に相当すると解すべきである。

三、軍の都合による休業であるとの主張について

被告の主張を争う。使用者の責に帰すべき休業が行われた場合には本来労働者は民法第五百三十六条第二項によつて得べかりし賃金全額を請求できるのであるがこの場合は労働者が労務の提供をなすことを要し、且つ自己の債務を免れたるに因つて利益を得たときはこれを償還しなければならないのである。これに対し労働基準法第二十六条の「使用者の責に帰すべき事由」とは民法第五百三十六条第二項に「債権者の責に帰すべき事由」というよりも広く、不可抗力や労働者の責に帰すべき事由を除く一切の場合を指称するものであり、また履行の提供も得たる利益の償還も要せず、且つ罰則附加金を以つてくれを強制することとし、その代りこれで保障するのは百分の六十に限つたのである。このように民法第五百三十六条第二項と労働基準法第二十六条とは矛盾するものではなく、労働基準法は民法の適用を排除する趣旨ではないから、労働者は労働基準法第二十六条の休業手当のみを請求できる場合もあるし、民法第五百三十六条第二項による請求をも可能な場合もあり、後者の場合はその選択により一方のみを請求することもできるし、予備的に両者を請求することも可能である。

被告主張の給与規程の条項も労働基準法の右条項と同趣旨に外ならないのであるから、部隊の本件措置は支部組合及び組合員の暴挙に起因し債権者の責に帰すべからざる理由によるものであるとの被告主張並びに正当なロツクアウトであるとの被告主張がいずれも理由ないとすれば、原告らはいずれも労務の提供をなしたにも拘らず原告の責に帰すべき理由により債務の履行ができなかつたのであるから、原告らは民法第五百三十六条第二項により得べかりし賃金全額の支払を請求することができるのである。

第五、原告らの右第四、二、(三)の主張に対する被告の主張

一、本件ロツクアウトが不当労働行為であるとの主張は争う。軍は組合の運営に介入する意図を有したことはなく、勿論介入した事実もない。

二、労働協約に原告主張の条項のあること、被告が部隊のなした本件ロツクアウトにつき右条項に基く予告をなさなかつた事実は認める。しかし、かかる予告は軍側から被告に事前に通知がなされない限り本来不可能なことである。

仮に、ロツクアウトを行うにつき被告が支部組合に対し、二日前に予告しなかつたことが協約の右条項に違反するとしても、そのため被告が支部組合に対し債務不履行の責を負うことあるは格別として、ロツクアウト自体が不当違法となることはない。まして、米軍は右協約の当事者ではないのであるから、部隊が右協約に基く予告をしないでロツクアウトをしたからといつて、直ちに、そのロツクアウト自体を不当違法ということはできない。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告らがいずれも駐留軍に労務を提供するため被告に雇用され福岡県小倉市所在の米国陸軍小倉綜合補給廠(以下隊下という)に使用される労務者であつて、全駐留軍労働組合福岡地区本部小倉支部(以下支部組合という)の組合員であること。昭和二十八年七月支部組合は「モータープールのシエーン軍曹の更迭」「不当解雇不当職変の即時取消」など十項目を要求して軍、福岡県及び小倉渉外労務管理事務所(以下労管という)と交渉を続けたが、解決に至らないため、同年八月三日午前零時から四十八時間ストライキを決行することを決定、労働協約第二十七条の二に基き同年七月二十八日その旨を交書で福岡県知事に通告し、通告どおりストライキに突入したこと。右ストライキは八月四日午後十二時を以つて終了する予定でその旨通告してあつたことは、同日午後九時三十分になつて部隊司令官アルフオード大佐は労管所長に対し「問題の十項目に関する完全なる協約ができるまで、現在ストに参加している如何なる従業員も当軍施設への復帰を許可することができない。…貴下が遅滞なくこの主旨を県知事及び組合長に通告することを要求する。」旨を通告、労管所長は同夜十時頃右軍の要求に従い、右通告を支部組合委員長に通告したこと。支部組合は予定どおり同夜午後十二時をもつてストライキを終了し、同時にピケツトをも撤去し、翌五日午前一時に交替する支部組合員たる労務者(警備員など)が出勤、入門しようとしたところ、警戒の任に当つていたMP武装将兵らによつて入門を阻止され、更に同日午後七時頃多数組合員が平常どおり出勤、入門しようとしたところ、これも同様阻止され就労することができなかつたこと。その後支部組合部隊労管の三者交渉の結果翌六日午前八時に至り、要求事項十項目について合意に到達し、協定書を作成調印し、以後軍側も組合員を就労させるに至つたこと。

右の事実は当事者間に争いない。

二、而して証人藤井達爾の証言によれば、原告ら殆んど全員は八月五日朝前記のように就労すべく部隊施設門前に至つて労務の提供をなしたにも拘らず入門を阻止され、その余の原告らは当日のラジオ放送により部隊が労務受領拒絶の態度を堅持し労務の提供をなしても到底就労できないこと明白なることを知り自宅にあつて労務提供の準備をなしたことが認められるなら、別段の事由のない限り民法第五百三十六条第二項にいわゆる使用者の責に帰すべき事由によつて履行をなすこと能わざるに至つたものというべきである。

よつて、この点に関する被告の主張を判断する。

三、被告はまず部隊のとつた本件措置は、本件ストライキ中に支部組合及び組合員によつて種々の暴挙が行われたため、部隊司令官が行政協定第三条による施設管理権に基き、米国の権利、職員及び財産を保護するためにとつた措置であるから、債権者の責に帰すべからざる事由による労務の不受領であると主張する。証人中村清、同安達一郎の各証言と証人熊野三容、同中村清の各証言によりストライキ当日の写真であることが認められる乙第二号証の三ないし六とを綜合すれば、本件ストライキ中である八月三日午前八時頃部隊技術顧問安達一郎が部隊の横門から入門しようとしたところ、同所にあつたピケ隊員から「何故入るか」と詰問されるとともに、手、肩などを掴まれ、着用のワイシヤツの袖が若干破れ、ボタン一個が落ちる程度の暴行を受けたのをはじめとし、その他ピケ隊は部隊門前において米兵の運転する軍用自動車の前に丸太を置いてその進行を妨害し、組合旗をもつて自動車の前窓を覆つてその運転を不可能ならしめあるいは前窓の硝子を破損するなど若干の軽微な事故があつた事実はこれを認めることができるのであるが、更に、証人藤井達爾、同新森光寛の各証言をも併せ考えると、右軍用自動車に関する事故は本件ストライキに際し日本人労務者にして軍側と打合わせ軍用自動車に乗り込みピケ隊の目をかすめて部隊施設内に入つて就労せんとする者があつたため、日本人労務者の部隊内への出入を監視していた支部組合のピケ隊が軍用自動車の入門に際しかかる労務者の有無を検し且つこれを説得せんとして自動車を停止せしむる際に偶発的に発生した事故に過ぎないものと認められる。

右の所為は正当な争議行為ということはできないけれどもストライキに際し発生した特別の事態であるから、四十八時間と予定された本件ストライキが終了すれば当然に平静に復しその後続発する虞れは全くないと予想される性質のものである。従つて平常の状態に復帰した後において職場の秩序が乱される危険があるとは考えられないし、そのために特別の措置をとる必要性は存しないわけであるからストライキ終了時刻としてかねて予告された時刻の僅か二、三時間前に至つてストライキ参加者全員の入門を拒否するという本件措置が、部隊司令官として米国の施設人員などの安全を懸念して行政協定第三条の施設管理権に基いてとられた措置であるとの被告主張は容易に首肯し難く、その他本件措置が右施設管理権に基くと認むべき証拠は全くない。仮りにかかる権限の発動として右の措置がとられたとしても、右認定の如きストライキ中に発生した些細な事故をとらえ(その行為者のみを対象として考えても職場における規律違反性についてなお別段の事由を必要とする。ストライキ終了後もこれに参加した労務者全員の入門を拒否することは施設管理権の正当な行使とは認められないから、軍側従つて被告の責に帰すべき労務の不受領といわざるを得ない。

四、本件措置がロツクアウト(作業所閉鎖)であるとの主張につき検討する。

使用者の唯一の争議行為として一般にロツクアウトが挙げられるが、右は労使間における労働関係についての意見の不一致による紛争を自己に有利に解決する手段として、使用者が労働者を一時的に作業所たる物的施設から事実上排除し作業所を自己の支配下におき、労働者たる相手方に圧迫を加える行為をいうものと解せられる。

右の観点にたつて本件措置をみるに、部隊が本件措置にでたのは支部組合が十項目の要求をなして四十八時間ストライキを決行し、右ストライキが終了せんとする二、三時間前であつたことは一に述べたとおりであり、また、成立に争いない甲第三号証には「補給廠司令官は諸君に次の事項を告げたいのである。1 諸君達の指導者連が斯かる些細な事から此度のストを指令された事は実に遺憾である。2 尚、これら苦情に対し、諸君達の指導者連が現在に至るも、その解決の為何等努力されていない事をも遺憾に思う。3 斯様な訳でこれを未解決の斗争と看做し各々の疑問点が解決される迄は諸君達の職場に復帰する事を許す訳にいかぬ。4 従業員の諸君が皆職場に復帰できるよう、これら些細なる諸苦情が早急に解決されることを衷心より望む所である。」とあつて、この文書が八月五日、就労せんとして部隊施設門前に集つた労務者に対し軍側から配布されたことは証人藤井達爾の証言によつて認められるところであり、更に、八月四日夜部隊司令官から労管所長に宛て本件入門拒否措置を通告した文書であるところの成立に争いない甲第二号証(同号証の一が原文、同二が翻訳文)は協約締結まで施設への復帰を許さない旨を述べた後、その末尾において「貴下は更に収入の道を制限された従業員側において不必要な辛苦を避ける為に上記の協約ができ得る限り遅延なくして完了できるよう貴事務所、組合及び当司令部の交渉の準備をすることを要求する。」旨を述べているのである。これらの事実を綜合すれば、部隊のとつた本件措置は駐留軍労務者の事実上の使用者である軍側が当時支部組合から要求していた十項目の要求事項についての紛争を使用者側に有利に解決するため、労働者に圧迫を加える目的でなした所為であることを看取するに充分である。而して、部隊が本件措置にでるとの通告は八月四日夜使用者たる国の機関たる労管所長から支部組合委員長に対しなされていることは当事者間に争いないところであつて、これをロツクアウトの宣言と解することができるし、また、労働者の作業所からの排除による使用者の事実的支配は前記入門拒否によつて成立したものと認められるから、本件措置は部隊が争議行為としてのロツクアウトをなしたと解するのを相当とする。

もつとも、原本の存在と成立に争いない甲第五号証の一及び第七号証の二によれば部隊係官は後日に至り被告の機関たる労管所長に対し、本件措置がロツクアウトでない旨を述べていることが認められるが、ロツクアウトであるか否かはその事実について客観的に判断さるべきで、右の如き後日に至つての係官の言辞によつて左右さるべきではないから、これをもつて右認定を覆すに足りない。

そこで、右ロツクアウトは使用者をして反対給付義務を免れしむるものか否かを検討しよう。

使用者が争議行為としてロツクアウトをなした場合には民法第五百三十六条第二項の反対給付の支払義務を免れると説かれているようであるが、ロツクアウトが民事上免責を受くべき使用者の争議行為として容認されるということについては、我が国現行法制上何等明文の根拠を見出し得ないのである。

一説には、労働関係調整法第七条を根拠としてこれを説くのであるが、右は同法による調整の対象となる事項を掲記したに止まるのであつて、ロツクアウトが使用者の争議行為として民事上免責を受けるか否かについては何等言及していないから、右法条をもつてその根拠とするに足りない。

あるいは、また、ロツクアウトを労使対等の原則上労働者の争議権に対抗する使用者の権利として両者を同一平面において認めようとする立場がある。

しかしながら、市民法のみによつて労使関係を律するときは実質的な労使対等を維持することができないのでこれを調整するため保護法たる労働法が発展し、同法が労働者に争議権を与えることによつて実質的な労使対等を得させることを使命としているものというべきであつて、このことは日本国憲法が団体行動権を保障し労働組合法が労働者の争議行為につき民事及び刑事免責規定を特に明記しているのに反し使用者の争議行為の権利性については憲法及び労組法中に右の如き規定を見出し得ないことからも、そのような法の意図を推察するに難くない。それ故労使対等の原則から直ちに使用者の争議行為の権利性を容認することが法の精神に合致するものとは考えられず、従つて実定法に何等明文規定のない以上、使用者のなすロツクアウトを民事上免責を受くべき労働法上の権利として容認するに足りないものといわざるを得ない。

してみればロツクアウトであるということ自体によつて当然に使用者が労働者に対して賃金支払義務を免れる理由とすることはできないし、また民法第五百三十六条第二項にいうところの責に帰すべき事由に当らないとなし難いので、結局具体的の場合において民法第五百三十六条第二項の規定その他一般私法上の原則に則つて賃金支払義務の有無を考える外はないといわなければならない。即ち、民法第五百三十六条第二項は債権者の責に帰すべき事由による履行不能を要件としているから、この要件を満さぬ場合は労働者は反対給付を受け得られないわけである。

従つて例えばロツクアウトが緊急避難行為に該当しその他やむを得ない事由あるときは使用者の責に帰すべからざる事由による労務不受領と解すべきであるので使用者の雇傭する労働者の所属する労働団体が使用者に著しい損害を及ぼすべき争議行為に出ている場合、あるいはかかる争議行為に出ることが明白である場合等争議行為によつて発生し、又は発生のおそれある著しい損害から企業を防禦する必要上緊急やむを得ないロツクアウトの場合には使用者は労務提供をなした労働者に対する反対給付義務を免れ得るものと解するのを相当とする。

右の観点から本件ロツクアウトを検討すると、その通告がなされたのは八月四日夜であつて、支部組合の四十八時間ストライキ終了予定時刻の数時間前であることは当事者間に争いないことさきに述べたとおりであり、また組合において右スト終了後更に続いて争議行為に出る意図も客観状勢もなかつたことは弁論の趣旨によつて明らかであること、部隊司令官はストライキに入つた労務者はストライキ終了後も組合との紛争状態が協約によつて解決されるまで無期限に就労を許さないとの態度を持していたことは前顕甲第三号証(同号証の一が原文、同二が翻訳文)及び第三号証により明らかであること、且つ、本件ストライキ中部隊門前においてさきに認定した程度の軽微な事故は若干発生したとはいえ、本件ロツクアウト通告当時支部組合が部隊施設の占拠其の他施設の安全が危険に瀕する虞れがあるような争議行為に及んでいたとか、若くは及ぶことが明白な状況にあつたとか争議により著しい損害発生の危険があつてこれを避けるため巳むを得ない事情の存在等の点についてはこれを認むべき証拠がないこと等を綜合して考察すれば、軍側は組合側からの要求事項に基く支部組合との紛争を自己に有利に解決する手段として専ら積極的攻撃と前記ストの報復のために本件ロツクアウトに及んだものと認めるのが相当であつて、右に述べた如き緊急防禦若しくはこれに準ずるやむを得ない事由によるものとは到底認められない。

してみれば本件ロツクアウトによる労務の受領拒否は使用者の責に帰すべき事由による履行不能といわざるを得ないから、ロツクアウトの故をもつて使用者は民法第五百三十六条第二項による労働者に対する反対給付支払義務を免れる理由とするに足りない。

五、ところで被告は更に被告(調達庁)の定めた駐留軍労務者給与規程によると「軍の都合により使用人を休業せしめた場合は一日につき平均賃金の六割に相当する休業手当を支給する」旨規定されているから、もし右ロツクアウトにより賃金支払を免責されなくとも、軍都合による休業として平均賃金の六割相当の金員につき支払義務を負うに過ぎないと主張する。しかしながら、右規定は労働基準法第二十六条と同趣旨のものであつて、右法条の要件を満たす場合駐留軍労務者も休業手当を支給されることを注意的に規定したに止まるものと解されるが、労働基準法第二十六条は民法上使用者の責に帰すべき事由による履行不能として賃金全額の支払義務ある場合につき、特に労働者の賃金請求権を六割に減額してその権利を労働者に不利益に制限したものとは到底解せられない。寧ろ民法上の請求権とは別個無関係の観点から一定の構成要件の下に労働者の生活維持のため労務の提供も得たる利益の償還も要せずして、その一部たる百分の六十を休業手当として罰則附加金の制裁附で使用者に請求できる権利を創設した制度と解すべきである。

してみれば本件において労働者の有する民法第五百三十六条第二項に基く反対給付請求権は右給与規程によつて何等影響を受くべき筋合はないから、右被告の主張は失当である。

六、以上の次第で、原告らは八月五日の賃金請求権を失うものでないところ、その賃金額が別紙債権額欄記載のとおりであることは当事者間に争いないところである。

よつて、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由があるから、すべてこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言については同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 三好達)

別紙〈省略〉

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